警視庁の警官、ガレキ撤去ボランティアを職質し署へ連行 抗議の公開質問書にも反省ゼロ
職質被害に遭った菅原伸之さん(48歳)。「3月11日以降は苦労をしてでも世の中を変えていかなければと思うようになりました」

 

 


 東日本大震災の被災地のガレキ受け入れが問題になっているなか、宮城県に派遣された警視庁の警察官が、「チンピラのような態度」でガレキ集めのボランティア男性を高圧的に職務質問のうえ仙台南署に連行、被災地の必需品であるマルチツール(万能工具)の所持が銃刀法違反であるとして4時間も拘束し、執拗に取り調べていたことが明らかになった。憤りを覚えた被害者が警察庁と警視庁に公開質問書を出したところ、今年2月3日付で、警察官の行いは「適正」とする内容の誠意のかけらもない回答書(画像参照)が送付され、反省の色はゼロだった。実際、警官はどのようなことをボランティアに対して行ったのか。被害者に聞いた。

【Digest】
◇その瓦礫どこへ持って行くんだ!
◇警視庁が推奨する防災グッズ所有が犯罪に?
◇「罰金は数十万円。運が悪いと思ってあきらめてね」と警官
◇警視庁警察官が被災地で暴走、宮城県警は苦悩
◇間一髪で交通誘導の警察官を救う
◇警視庁も警察庁も「職質は適正」と回答

◇その瓦礫どこへ持って行くんだ!
 昨年の10月19日午後4時ごろ、津波による大きな被害を受けた仙台市若林区の畑で、地元の会社員・菅原伸之さん(48歳)は、地主の許可を得て散乱するガレキを一か所に集めるボランティア活動をしていた。

 「へとへとになり、もう帰ろうかなと思ったら地主の方がお茶と野菜を持ってきてくれたんです。それで元気になり、もうひと踏ん張りと思って作業を続けていました。すると道路に警視庁と書かれたパトカーが来たのに気づきました。」

 「警視庁の人は、ごくろうさん、とでも言いにきたのかな」と思った笑顔の菅原さんは、むしろ警官に近づいていった。近隣県の警察をはじめ、遠くの警視庁の警官まで応援にきてくれることを、地元の人間としてありがたいと思っていたからである。

 ところが、思いもよらぬ事態になり、面食らった。

 「そのガレキどこへ持ってくんだ!」
 「免許証を見せろ!」
 警官は、強圧的にしゃべり出したのだ。とっさのことで何がなんだかわからなかったが、菅原さんはなんとか答えた。

 「持って行くんじゃなくて、見ればわかると思いますが、そこに集めてるんです」

 ボランティアが集めたガレキを行政の担当者が運んでいくからである。

 「こう説明したのですけど、また、どこへ持って行くんだ! ときたわけです。ご苦労さまと言われると思っていたら180度違う態度だったので驚いて・・。40代くらいの中堅と言う感じの警察官で、もうひとり婦警さんがいてメモをとっていました。

 ほとんどの人がそうだと思いますが、地方に住んでいて職務質問されることなんて、まずありません。私も、あんな突然高圧的に迫られたことがなかったので戸惑いました。

 それでも、警視庁の方がたくさん応援に来てくださっていることはわかってましたので、『あ、どうもご苦労様です』と話しかけました。それで、警官が『タバコ吸っていい?』というので、クルマの中から灰皿をもってきて渡しました。

 私は名刺を差し上げたのですが、警察官の方には警察手帳も見せてもらえませんでした。

 無線か何かで連絡したのか、あれよあれよと言う間に近くの仙台南署のパトカーが数台到着したのです」

◇警視庁が推奨する防災グッズ所有が犯罪に?
菅原さんが携帯していたマルチツール(万能工具)。災害被災地では非常に便利な道具で、必需品に近い。しかし、これを所持していたことが銃刀法違反だとされた。都内でも軽犯罪法違反の容疑で取り調べを受ける例が続出している。
 「なんですか? 鑑識っていうんですか? 車(トラック)のほうまで来て写真を撮り出しました。荷物も開けさせられて。

 ちょうど車の中のカバンにあったマルチツール(万能工具)を見つけて「これダメだね」って言うんです。我々被災者は2週間3週間の間、水も電気もないところで過ごしたときに、とても役に立ったものです。便利なので被災地で持っているのは普通のことです」

 マルチツール(万能工具)とは、ナイフ、ワイン抜き。栓抜き、缶切り、のこぎり、ハサミなどがついており、キャンプや旅行はもちろん、災害時には非常に便利なものである。警視庁のホームページには、災害に備え多機能ナイフ(万能工具)の準備を推奨している。つまり、自分で推奨している道具と似たものを持っている人を犯罪人扱いして連行したのだ。

 「被災してない警視庁の警察官が、万能工具の携帯がいけない、と言うのはいかがなものかと思います」

 実は、2011年3月11日の大震災にともなう津波から、菅原さんは警察官の生命を救った体験がある(後述)。本来なら彼は表彰されてしかるべき人物だが、その菅原さんが、人助けのために一生懸命汗を流しているときに、高圧的な警官に連行されてしまったのである。

 「あれよ、あれよという間に、両側をパトカーに挟まれ、仙台南署まで連れていかれました」

◇「罰金は数十万円。運が悪いと思ってあきらめてね」と警官
 さて、仙台南署に連行された菅原さんは、その後どうなったのか。氏名、住所、職業、何をしていたか・・などは当たり前のこととして、次のようなやりとりもあった。

 対応したのは地元の宮城県警の警察官。

菅原 銃刀法なんですか。

警官 ええ。

菅原 どうなるんですか。

警官 前科一犯で罰金ですね。

菅原 罰金は5~6千円なのですか。

警官 数十万円くらいかもしれませんよ。

菅原 ええっ!

警官 運が悪かったと思ってあきらめてください。

 「運が悪かったって・・・前科一犯ですからね。その警官とは『警視庁の方は、ああいう言い方するんですか』『そうなんですよね』『警視庁の方も病んでるんですね』というような話をしていました」

 この日は午後4時ごろに職質が始まり、警察署で調べが終わったのは夜8時ごろだったという。

 それからしばらくして菅原さんに出頭要請があった.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。



宮城県仙台市若林区の津波被災地。この近辺でガレキ集めのボランティアをしていた菅原さんは、突然、警視庁の警官に職質されて警察署へ連行された。

 

(上)公開質問書に対する警視庁からの回答。(下)同じく警察庁からの回答。どちらも職質は適正であるとしており、過ちを認めず謝罪もない。
菅原さんは2011年3月11日、あやうく津波に巻き込まれそうになった。路上の警察官を車に乗せ、なんとか逃げることができた。当時を図に書いて説明した。