この映画の原作は、北海道警に所属しながら拳銃や覚せい剤の密売に手を染め、現役警部としては史上初の覚せい剤使用で逮捕された稲葉圭昭が、刑期満了後に発表した『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』です。この、通称“稲葉事件”に脚本家の池上純哉が目を付け、旧知の白石和彌監督(『凶悪』)に映画化の話を持ちかけたのが企画のはじまり。白石監督にとっては『凶悪』に続く実録犯罪映画ですが、『凶悪』とはかなり印象が違います。今回はマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』のようなギャング映画の日本版を、ヤクザ映画とは違う形で作れないか? という試みだったそうです。そのため、同監督の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を彷彿とさせるテンションの高い笑いが随所に織り込まれ、犯罪ものにありがちな陰惨さをやわらげています。

大学で柔道に打ち込んできた諸星要一(綾野剛)は、その腕を買われて北海道警に勧誘されます。柔道では全国優勝するなど結果を残した諸星でしたが、肝心の刑事としては勤務態度こそ真面目なもののミスを連発。そんな彼に先輩刑事の村井(ピエール瀧)は裏社会にS(エス、スパイの略で捜査協力者のこと)を作ることを勧めます。やがて暴力団幹部・黒岩(中村獅童)と知り合った諸星は、彼と兄弟分の盃をかわし、ロシア語が堪能なDJの太郎(YOUNG DAIS)、パキスタン人のラシード(お笑いコンビ「デニス」の植野行雄)ともSとしての付き合いを始めました。彼らの手助けで拳銃の摘発ややらせ捜査で名を上げていく諸星。一丁でも多く拳銃を…そんな思いから、ヤクザに金を渡して拳銃を買い取り、時にはロシアから密輸させたりという違法行為に手を染めていきます。そして資金が足りなくなった際には、ついに覚せい剤を売りさばくことで拳銃の代金を捻出しようというとんでもない行動に出てしまうのです。その行為はさらにエスカレートし…。

この主人公・諸星に扮したのは綾野剛。22歳の大学生時代から48歳で逮捕されるまでの四半世紀近くを演じきりました。彼自身、「自分にとっての特別な一本」と言い切るほど力が入っています。「正義の味方、悪を断つ」という信念に燃えていた一本気な若者が、その真っ直ぐな想いゆえに暴走し、その勢いに歯止めが効かなくなる…。人間味あふれる諸星の変化を、時にユーモラスに熱演。男のカッコ悪い部分にこそ魅力を感じさせる、そんなキャラクターを作り上げました。

原作にはいない村井という先輩刑事を登場させ、『凶悪』のイメージが残るピエール瀧に演じさせることによって、警察の裏のシステムを観客にわかりやすく伝えているのは白石監督の語り口の上手さを感じさせる部分。そして、Sたちのキャスティングも絶妙です。本物のヤクザと見まがうばかりの強面ぶりを発揮する中村獅童、『TOKYO TRIBE』で鮮烈な俳優デビューを果たしたHIP HOPアーティストのYOUNG DAISの見せる舎弟感(だからこそ、彼扮する太郎が次第に追い詰められていく展開が切ないのです)、デニスの植野行雄はうさんくさいパキスタン人を、パチもん感(監督曰く)たっぷりに好演。それぞれが役にぴったりハマっているからこそ、彼らの織りなす、つかの間の仲間意識と幸福感が観客に伝わってくるのですね。ここで描かれているのは『64 ロクヨン』同様、組織と個人の関係。組織のルールに従って、その中で優秀な存在になろうとすることが、時として世間の規範をはみ出してしまう、そんな矛盾に満ちた構造が、警察という、本来誰よりも規範を守らなければならない組織を舞台にして描かれているわけです。

白石演出によって全編に漂っているのは、昭和の時代の日本映画にあった危険な匂い。“子供が見ちゃいけない不道徳な世界”を垣間見てしまったような背徳感です。これがなんとも刺激的。やっていることは犯罪行為で、客観的に見れば悪事なんですが、それが時に狂乱のお祭り騒ぎのようにも感じられてしまう。上映時間2時間15分の長尺ですが、疾風怒濤の展開で少しも長さを感じさせない快作です。

(付記・ややネタバレがあるので映画鑑賞後に読んでください)

原作は稲葉氏自身の回想録『恥さらし』ですが、タイトルは同じ事件を追ったもう一本のルポルタージュ『北海道警察 日本で一番悪い奴ら』からとっています。両者を読み比べると、例えば後者は映画でYOUNG DAISが演じたSの死に対する疑念からスタートしているため、登場人物の印象などがかなり違います。映画を観て興味を抱かれた方は、一読してみることをおススメします。“一番悪い奴”についてもよく理解できますよ。

(『日本で一番悪い奴ら』は6月25日から公開)

愛知県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、1984年に(株)近代映画社に入社、「スクリーン(現SCREEN)」編集部員に。2003年から07年まで同誌の編集長に就任。現在はフリーの映画ライターとして活動。映画周辺の雑学や裏話を収集するのが好き。映画雑誌「シネマスクエア」にて「紀平照幸のムービー・ジョッキー 白黒つけるぜ!」を連載中。

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