芸能人や著名人が不祥事を起こした時に開かれる謝罪会見ってありますよね。
涙を流して泣く姿だったり、号泣しながらの謝罪会見も珍しくありません。みなさんは、どんな気持ちであの謝罪会見とやらをご覧になっていますか?
そこまで芸能人に興味のない私は、いつもかなり冷めた感情で見ています。「いやいや…、そんな感じで謝られても…」っていう気持ちになります。
2017年初旬では、狩野英孝さんの未成年とのなんだかんだについての謝罪会見、ノンスタイル井上裕介さんの当て逃げに関しての謝罪会見が思い浮かびましたが、あれって、何のために、誰のために、テレビを通じて開いているのでしょうか?
ベッキーさんの時も変な気持ちになりました。
謝罪会見とは何なのか?なぜ開くのか?
謝罪会見をするにあたっての服装に決まりはあるのか?
私が衝撃を受けた謝罪会見の紹介など、謝罪会見に注目していきましょう。
謝罪会見とは?なぜ開かれる?
「謝罪会見」を辞書で調べてみると、「罪や過ちを詫びるために特定の場所で公式に会うこと」と書かれていました。
誰に対して、何のために謝るかが書かれていませんでした。
企業が行なう謝罪会見
社員の不祥事だったり、製品に不具合があった場合、謝罪会見を開きますね。食べ物に何か異物が混入していた時などの謝罪会見は見ていて、割としっくり来る感じはあります。
関係各社だったり、なによりテレビの向こうにいるのは消費者であることが多いですから、謝罪会見をテレビで報道することは、なんら不思議ではありません。企業としてのイメージが悪いまま、その製品の再販売はしにくいでしょうから。
芸能人が行なう謝罪会見
さて、続いては芸能人の謝罪会見です。
私自身があまり芸能人に興味が無いという点が、さらに「?」と思う気持ちに拍車をかけているのかもしれませんが、意味のあることなのかなぁ、と思うことが多いです。
生活保護の不正受給問題で謝罪会見をしていた次長課長の河本準一さんや、キングコングの梶原雄太さんの謝罪会見は、テレビで報道する必要があったとは思います。
彼らは我々の税金を不正に使っていたわけですからね。とはいえ、謝って済まされるものではありませんけどね。
ベッキーさんや狩野英孝さん、ノンスタイルの井上裕介さんの謝罪会見は…「何でテレビで報道する必要があるの?」と思いましたね。
ベッキーさんが迷惑をかけたのは、川谷絵音さんの奥様、ゲスの極み乙女。のメンバーの方々、CM各社、番組関係者や共演者です。狩野英孝さんが迷惑をかけたのは、未成年のお相手、そのご両親、番組関係者や共演者です。ノンスタイル井上裕介さんがが迷惑をかけたのは、事故をした相手、相方の石田明さん、番組関係者や共演者です。
その人たちに膝を突き合わせて謝罪すればいいのに、わざわざテレビで流す意図が分かりません。関係各位の方々に向けてテレビで謝罪しているのであれば不誠実です。
「ファンの方々にご迷惑をおかけしました。」っていうフレーズも聞きますが、不祥事を起こしても、応援を続けてくれるファンもいれば、離れていくファンもいます。わざわざ謝る必要ってあるでしょうかねぇ。
芸能人が謝罪会見を開く理由
ある芸能人が何か不祥事を起こしたら、謝罪会見を開くという流れが当たり前になっているのは、「謝罪して欲しいと望んでいる人がいる」のではなくて、「謝罪会見を見たがっている人がいる」からでしょうね。
そういった意味では、謝罪会見を「見世物」として待っている視聴者の期待に応えているかもしれませんね。「大人が大人に吊るし上げられる」のを見たいのでしょう。謝罪会見は公開処刑ですからね。
謝罪会見の時の服装
芸能人が謝罪会見をする時は、正装が多いですね。派手な服を着ることなく、黒、白、グレーなどの大人しい色の服が多いですね。
男性の場合はスーツにネクタイ、女性の場合もスーツ系の姿、スカートの場合は黒のスカートが多いですね。誠心誠意の謝罪をするわけですから、やはり服装は正装じゃないといけないようです。
悲しいかな、俳優さんや女優さんが謝罪会見で神妙な面持ちをしたり、涙を流したりしているのを見ても…、「演技が上手な人だから…」と思ってしまうのがつらいところです。
衝撃を受けた謝罪会見
ビートたけしさんの「フライデー襲撃事件」後の謝罪会見です。
1986年末に行なわれた釈明会見です。ビートたけしさんの狂気に満ちた表情、腹をくくった言葉選び…。この時、ビートたけしさんは39歳だそうです。
たけしさんをこき下ろして、頭を下げさそうとするマスコミ、冷静に真っ向からぶつかったビートたけしさん。
反省の弁を述べながらも、つけあがったマスコミの質問には、軽く威嚇をしていなす、さらに、途中で笑いを取る様は圧巻です。
暴力はいけませんけどね。
まとめ
芸能人の謝罪会見は、「謝るために開かれている」ものではなく、「視聴者が見たがっているから開かれている」ものかな、ということですね。
こういった風潮が流行りになっている日本…。なんだか少し寂しい気持ちになります。