不祥事そのものよりもその後の対応が重要

 企業不祥事に対する社会的批判は、起こしてしまったミスや誤りそのものではなく、発覚後なおも隠そうとする態度や被害者への謝罪方法など、事故後の経営者や従業員の姿勢や対応の悪さによるものがほとんどです。

 不祥事の状況を十分把握できないまま、混乱状態で発表を行なったり、この期に及んでも事実を隠蔽を図るなど、その後発表内容を二転三転させ、問題を更に大きくし火だるま状態に陥り、最終的には消費者などの利害関係者(株主・従業員・取引先・行政・地域住民 など)からの信頼を失い、業績悪化や役員辞任となってしまうのです。

 ミスを犯したり、誘惑に負けてしまうことは、人間誰でもあり得ることで、そのことよりもその後の姿勢や対応が、事故を会社存続の危機としてしまうか、最小限に留めるかの別れ道になるのです。

 

 期限切れの材料を使用した食品会社は、発覚後も隠蔽しようとする対応への批判が高まり、実際に大きな健康被害はなかったものの、商品の製造・販売の休止、役員の辞任へとつながりました。

 一方、数十年前に販売された暖房器具に不備が見つかった家電メーカーは、連日のようにテレビCMなどで回収を呼びかけたことで、信用を損なうことなく寧ろその信用度を増しました。
 また、『目薬に異物を混入して店頭に置く』と脅迫状が届いた製薬会社が、翌日社長自ら記者会見し、全国の販売店から目薬全品を回収すると発表を行い、更に購入を控えるように呼びかけました。その後犯人が逮捕され事件は解決しましたが、この迅速かつ果断な対応は高く評価され、危機管理のモデルケースともいわれるようになっています。

 企業の危機的時期には、世間の注目が集中し、企業がその危機をどう乗り越えるかを見つめています。普段は、IRなどを積極的に行なっている企業なのに、リスク情報となると途端に、閉鎖的となってしまうのでは、批判は増加し信頼を失う結果となりかねません。
 平時の情報開示への姿勢よりも、企業が危機的状況に落ちいった時の情報開示への姿勢こそが、企業の真価が問われているのです。
 また、積極的開示により、企業の説明責任を果たす事が、不祥事やその後の対応への批判報道を抑える最も有効な手段であり、更に長い目で見れば企業評価のアップにもつながるのです。

 

コンプライアンスとしての広報対応

 企業不祥事発生後のマスコミへの対応を誤ると、不祥事の大きさ以上に、世間での評判が大きくなり、会社を揺るがす事態になることはしばしばあります。
 例えば、雪印乳業の食中毒事件は『違法行為』も『隠蔽行為』もなく、ましてや死者を出すような事件でもありませんでしたが、その後の雪印食品の牛肉偽装事件の影響もあり廃業にまで追い込まれた。
 他方、不祥事により、死者を出す結果となった企業は多数ありますし、牛肉偽装にしても日本ハム・日本食品なども同様の偽装を行なっていたいたことが次々発覚し、ハンナンにいたっては、雪印食品の何百倍もの額の偽装を行なっていましたが、存続しています。

 このような結果を招いたのは、会社のマスコミ対応の誤り(記者会見の遅れ・会見での情報混乱・社長の「私だって、寝てないんだよ」発言 など)と、それに過剰反応したマスコミの『雪印バッシング』です。マスコミ報道により、一気に世間は『雪印は悪い会社』という認識となり、マスコミは更にバッシングを繰り返し、連日のように雑誌や新聞の見出しにデカデカとバッシング文字書かれました。
 法的にも、品質管理上も何ら問題の無い『バター品質保持期限書き換え』へのバッシングや、退職従業員の捏造証言による再現映像までも行なわれ、雪印ブランドへの信頼度は崩壊し、廃業となりました。

 雪印グループによる一連の事件は、確かに雪印自身の『コンプライアンス軽視』から、発生したものであるのは間違ありませんが、その後の対応の不味さからマスコミによりその実態とかけ離れたイメージが作り上げられてしまった感が否めません。

 今日における、コンプライアンスとしての『広報戦略』は大変重要であり、その対応如何で、小さな事件でも会社を揺るがすような事態になりかねません。コンプライアンスをいくら徹底しても、完全に防ぎきれませんので、いざ不祥事が起きた時には、『自社のコンプライアンスへの取り組みを世間にありのままに理解してもう』という、『コンプライアンスとしての広報対応』が不可欠となっています。