コラム転職徒然草 - 悲喜こもごも編

ニュースな転職者 (2012年10月9日)

大手メーカーA社の開発エンジニアKさん(38歳)は面談室に入ってくるなり、「どうも、お騒がせしてしまって…」としながら、どんな顔をしたらいいのか迷っている様子だった。
Kさんの言う『お騒がせ』とは、その日の新聞の経済欄に大きく載ったA社の不祥事のことであった。

「こういうタイミングで相談にくると、事件に関わっているようで、どうも居心地が悪いですね」
Kさんはそう言って顔をしかめたが、転職相談の予約を入れたのは10日前のこと。不祥事を起こした部署にいたわけでもなく、A社が大企業であることを思えば、Kさんが関わっていないのは容易に理解できた。

「すこし前に面談予約を入れていたので、エージェントは分かって下さるでしょう。でも、応募先の企業は『事件と関わりがあるのでは?』と、勘ぐってきたりしませんか?」
「転職理由は仕事内容であることを丁寧に説明すれば大丈夫ですよ。どうしても疑っているような企業があれば、我々から人事にKさんから最初に相談があったのは、新聞記事が出る前だと説明しますから」
「なるほど。そうして頂ければ助かります」
そう話をして、ようやくKさんはようやく笑みを見せてくれたのだった。

ところが、その後もKさんの転職は、不思議とA社のニュースがついてまわることになった。
極めて専門的な研究をおこなってきたKさんのキャリアでは、どうしても限られた分野でしか転職が出来ないため求人が少なく、面接は月に2回程度のペース。その最初の面接のまさに当日、再び新聞にA社の文字が踊った。今度は、A社の経営危機と大規模な人員削減の一報である。面接後に電話をくれたKさんは、またかという調子であった。
「面談の日が不祥事で、初面接がリストラのニュースとは。不祥事もイヤなものでしたが、リストラで転職しようとしていると思われるのも、しゃくなものですね」
「そうかもしれませんが、こうなってみれば、早めに転職活動をしていて良かったじゃないですか。他のA社エンジニアと競争になれば、希望の仕事に就くのは難しくなりますし、むしろ良いタイミングだったと思うようにしましょう」
我々のなだめるように話をして、Kさんは少し気を取り直してくれたようであった。

次にA社の記事が大きく取り上げられたのは、Kさんが本命と考えていた会社で残念ながら不採用が決まったときであった。記事は、A社が、競合B社と資本提携をするのではないかという内容で、これによりA社の株価が大きく値上がりするというオマケもついていた。
「B社と提携ということになれば、転職せずに、やりたい仕事が出来るようになるかもしれません」
「そうですか。人間万事、塞翁が馬、転職が決まっていなくて、良かったのかも知れませんね」
「いえ、それはあくまでも可能性、転職活動は続けるつもりです。もうひとつの本命、C社が残っていますから」
「分かりました。では、引き続き頑張りましょう」

KさんがC社から内定をもらったその日、メディアではA社とB社の交渉決裂が報じられていた。
「転職を中断していなくて良かったですね。あの時、我々が早合点しそうになったのに、Kさんは気を引き締めたままでした。恐れ入ります。それにしてもKさんの転職は、節目節目にA社のニュースが出ますね」
「自分でも驚いています。こう続くと少し怖いくらい」
「なんにしても、おめでとうございます。C社でのご活躍をお祈りしております」
こうして、Kさんの転職は終わったのだが、A社の記事をなにげなく眺めていた我々は、ふとあることに気づいた。

A社の沿革を紹介する囲み記事に「A社は38年前に社名を変更し、現体制になって以降、一貫して…」との一文があったのだ。
「38年前って、まさか」
胸騒ぎを感じてネットで調べてみると、A社が社名を変えたその日は、Kさんの誕生日と同じであった。

Kさんと話してきた印象からして、彼がこのことを知っているとは思えない。だが、我々は、このことをKさんに伝える気にならなかった。ひょっとして、この不思議な巡り合わせに、気持ちが揺れ動いてしまうのではないかと、不安を覚えたのだ。
運命というと大袈裟かも知れないが、奇遇というにはまったくできすぎている。

転職の理由や希望はひとそれぞれです。豊富な経験を持ったキャリアアドバイザーがあなたの状況に合わせて転職をサポートします。