不祥事 池井戸潤

 「いつから銀行はそんな職場になったんでしょうか。」
(本文引用)
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 小説を読んでいると、時々その物語のなかに入り込み、面と向かって「好きです!」と告白したくなる人に出会う。
 私の中で、その告白率が高いのは、ダントツで池井戸潤氏の小説だ。
 (ちなみに以前、「ロスジェネの逆襲」のレビューにおいて思いっきり告白をしている。赤面)

 そしてここにまた、「好きです!」と告げたくなる人物が登場した。
 名前は花咲舞、通称“狂咲(くるいざき)”。大手銀行のテラー(窓口係)を務める女性だ。

 この花咲舞が、銀行の不祥事を快刀乱麻のごとく解決していくこの群像劇は、銀行員として、否、人間として「あるべき姿」を映しだす超痛快金融ミステリーだ。


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 東京第一銀行の本部調査役を務める相馬健は、臨店の仕事に従事する。事務ミスが目立つ支店をまわり、個別に指導をするのだ。
 そこで選ばれた相棒が、エリート・テラーとして名高い花咲舞。仕事の優秀さは誰もが認めるところだが、その歯に衣着せぬ物言いから“狂咲”と呼ばれている。
 控えめな相馬は、いつ暴発するとも知れぬ舞の動向にヒヤヒヤするが、各支店で起こる様々な“不祥事”を、共にバッサバッサと解決していく。
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 この本を読み、まず驚くのは何と言っても池井戸潤氏の引き出しの多さだ。

 三千万円もの誤払い、不慣れな窓口係を狙った不正送金、主任検査官への罠、子供好き紳士の裏の顔、百万円の過払い、集金データの紛失・・・。

 この一冊には、8つもの“不祥事”事件簿が載せられているのだが、どれも舞台が銀行というだけで、見事に異なるストーリー。さらにどの物語も、いずれ劣らぬスリル満点の面白さで、「次はどんな話なんだろう?」とページをめくる手が止まらない。
 (※どうしても読むのを中断しなければならない場合は要注意!各章を読み終えて、つい次の章のページに手をかけてしまったら、最後まで読んでしまうこと必至。時間がない時は、章を読み終えた瞬間に、涙を飲んでいったん本を閉じることを全力でお勧めする)

 大きくとらえれば、銀行という一つの引き出しなのだが、その中には何と様々な箱があることか。人情ものの好きな方、ビジネス小説好き、ミステリーに目がない方・・・どんな読者も満足できる内容で、銀行を舞台に、よくこれほどバリエーション豊富に(しかもとびきり面白い)物語が書けるものだと改めて舌を巻いた。

 なかでも私が気に入っているのは、第七章「彼岸花」。
 東京第一銀行屈指の権力者・真藤のもとに、ある日彼岸花が届く。
 それを見た真藤の片腕・児玉は、彼岸花を送りつけるとは穏やかではないと、送り主の正体をたどっていく。
 そのなかで児玉が見出したものとは・・・。

 一見、舞と相馬が善人で、他は皆悪人のように思えるが、この本はそんな単純なものではない。そこがまた、いい。

 基本は性善説(あ、これは「半沢直樹」シリーズの言葉か)。だけど、誰しもちょっと弱いところがある。
 その弱さを突かれた瞬間に、人は魂を悪魔に売り渡し、容易には戻れなくなってしまう。
 
 花咲舞の役目は、それを戻してあげること。そして引いては、駄目になった「銀行」という職場をも、本来の姿に戻していく。目先の敵をやっつけているようで、舞の闘いは非常にスケールの大きい闘いなのだ。
 全章を通じて、舞が本当に戦いたい相手が仄見えてくると、何と滋味豊かな小説であることか。
 「舞、頑張れ!」と応援しているうちに、文字が涙で霞んできた。最高だ、狂咲。

 「半沢直樹」シリーズの次は、こちらもぜひドラマ化してほしい。ドラマ史に名を残す最高、いや最強のヒロインが誕生するに違いない。



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