市立高校で男子生徒がいじめ自殺〈後編〉

    【あらすじ】
    市立中学で、とある男子生徒が自殺した。暁新報社会部の森田はその自殺がいじめによるものだということを突き止める。しかし、学校も教育委員会も、自らの保身のためかなかなか責任を認めようとしない。事態を収めようと学校側が開いた記者会見で記者側の厳しい糾弾が続く中、ある男が口を開いた─。

    「けじめ」

    「武井さん、マスコミの前に出ないで済む方法はないですかね……」小里が上目使いに哀願する。「マスコミは、次は校長が出ろといっているんでしょ? それなら出ないとね」武井の突き放した言い方に、小里はムッとした。

    自殺の一週間前、校長の小里は担任からいじめについて直接相談されていた。だが、「珍しいことじゃないでしょ。担任であるあなたが処理しなさい」と突き返していた。

    小里は、そのことを市教育委員会の教育長で、以前同じ中学校で校長だった武井に「うちの学校にもいじめが起きているみたいですよ。まったく教師がしっかりしないから生徒の管理ができない。だからいじめが起きてしまうんですなあ」と電話越しにそれとなく伝えていた。定年退職を1年後に控え、その後は武井の後釡を狙っていた小里にとって、いじめなどという問題で自分の再就職を邪魔されたくなかった。武井にしても、珍しくもないいじめについて、本気で対策を講じようとは微塵も考えていない。校長時代には「何をしているんだ!穏便に片付けろ」と担任に罵声を浴びせ、自分の経歴に汚点が付くことを心底嫌っていた。小里も、担任から相談のあった翌日にはいじめのことは記憶の奥底に仕舞い込んでいた。2人にとって今回の事態は、担任への怒りと“俺は被害者だ”という意識しかなかった。



    「小里さん、学校の責任者ならきちんと説明すべきです。生徒が命を落としている。あなたが説明しないで誰がするんですか。教育長、あなたも同席するべきです。こんな時に教育委員会がサポートしないで、いつするんですか」と、教育委員会の会議室で話し込んでいる2人の間に、割って入る男がいた。同席していた市教育課職員の小林だった。

    「なぜ教育委員会が出なくちゃならないんだ。小林くん、私に恥をかかせるつもりか」「……生徒が自殺をしたことが恥ですか? 武井さん、あなたは何に対して恥だとお考えなんですか」「マスコミに出たら自殺を止められなかった教育長というレッテルを張られる。君も恥をかくぞ。いいのか」

    「……いい加減にしろ」「な、なんだ、その口の利き方は!」武井の顔面がみるみる赤くなっていく。武井に楯突くことなど、小里はもちろんこの街で教育に携わる者には考えられないことだった。武井にしても、自分に刃向う奴などいるはずがないと今のいままで思っていた。「私が司会をしますよ。何なら、今、お2人がお話していた内容をマスコミにも聞いていただきましょうか」。そう言うと、小林はボイスレコーダーを胸のポケットから取り出した。武井の威嚇など、どこ吹く風だった。



    波打ち際を歩いている自分の素足の跡が、すぐに消されてしまう。水面が光りに照らされキラキラと輝いているのは、去年と同じ風景だった。違っているのは、去年まで隣にいた幼なじみがいないことだ。

    「あれ? 何してるの?」「聡くんこそ、どうしたの?」「うん。天気がいいからさ。なんとなく来てしまうんだよねえ」「同じ〜」と笑い合った。開明市に住む人々にとってこの浜辺は、ただ何となく足が向いてしまう自分に戻れる場所だった。

    「学校で何かあったの?」「別に。何もないよ」と聡が口角を無理に上げながら応じる。小さなころから家族ぐるみで付き合いのあるサチは、聡がそんな笑顔をつくるのは何かあったときだと知っている。「そっか…ならいいけど」。

    聡と歩いた時を思い出しながら、波打ち際を振り返る …

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