J1浦和レッズのサポーターが差別文言の幕を掲げた問題は、Jリーグが浦和球団に無観客試合の処分を下し、球団もサポーターに対して旗、横断幕類の掲出を一律禁止とした。

しかしその1週間前、今季開幕戦であるガンバ大阪戦で、今シーズンから加入した李忠成選手が後半22分から出場した際、浦和の一部サポーターが指笛を鳴らした。指笛は差別の意図があり得る行為だ。私は、プロ野球でかつて起きた、巨人の張本勲選手がファンに対して暴力を振るったと報じられた事件を思い出した。

1976年4月16日、広島市民球場での広島対巨人戦の最終回に判定トラブルがあり、巨人の抗議に対して広島ファンがフィールドに乱入して混乱した。結局広島が勝ったものの、試合後巨人選手の乗ったバスを広島ファンが取り囲んで小競り合いとなった。そのとき一部ファンが「張本に殴られた」と騒いで、翌日そのまま報道されたのだ。

そもそも、張本さんは「暴力を振るっていない」と言っているにもかかわらず、振るったことを前提に記事になっている。またそれまでにも、張本さんがバッターボックスに立つ度に、心ない民族差別ヤジが彼に浴びせられていた。この事件の際にも酷いヤジが飛んでいたらしい。読売新聞大阪本社社会部長だった黒田清さんは「読者への手紙」という欄で次のように書いた。

 この種の事件のあと、かならず関係者が言う。「プロ野球はお客さんあっての商売だ。どんなことがあっても暴力はいけません」。暴力否定の金科玉条。まさにその通り。これにタテつく人はいない。だけどわたしは疑問に思う。果たしてそうだろうか。ファンは金をはらって見に来ているのだから…という前提は、果たして絶対的なものなのか。
 逆に言えば、どんなに大金を積んでも、人間がしてはいけないこと、できないことがあるのではないか。母に対する愛情とか国に対する誇りとかいうものは、人間の尊厳にかかわる問題であろう。そういうものに対して侮辱を与えられたとき、怒らないのはおかしい。それはプロ野球の選手だからというようなことではなく、人間としてのことなのだ。

単なる暴力事件として報道されたが、黒田さんは差別事件なのだと喝破したのだ。しかし、警備強化やフェンス増設などの対応策がなされた程度で、広島ファンと張本さんが暴力的だという印象を残したまま、事件はいつの間にか忘れ去られてしまった。

その後、暴行していないことが明らかになった後、数十人の広島ファンが頭を丸刈りにして張本さんに謝罪した。また、黒田さんの兄がゴルフ場で偶然張本さんと会い、自己紹介したところ、張本さんは「黒田さんには、いくらお礼を言っても言い足りません」と感激至極だったという。

振り返って今回の指笛についてはどうなるのだろうか。Jリーグと浦和球団はさらに調査と問題の検証を進め、サポーターの意識向上を図るべきだ。

スポーツに胚胎するレイシズム。これを撲滅するのは至難の業だが、ヘイトスピーチが横行する社会風潮とは一線を画し、スポーツ界は差別を許さないという強い意思を示し続けなくてはならない。(中津十三)

参考文献:黒田清『新聞が衰退するとき』(文藝春秋)、有須和也『黒田清 記者魂は死なず』(河出書房新社)