道徳的束縛からの解放メカニズム

不祥事を起こした企業の幹部がカメラの放列の前でそろって頭を下げる映像が、ニュースでもしばしば流れます。映像を見る従業員やその家族の心情を思うと、本当に大概にしてくれと言いたくなりますし、実際に従業員の仕事へのモチベーションを根本から失わせることにもなりかねません。心理学者のA.バンデューラはこうした不祥事が起きる原因を「道徳的束縛からの解放メカニズム」という視点から研究しています。

バンデューラによれば、人が欲望や衝動のおもむくままに振る舞おうとしたとき、それを抑制する働きとして、社会的に非難を浴びること(「社会的制裁」)へのおそれと、そのような行為が自尊心を傷つけ自責の念を生むこと(「自己制裁」)へのおそれが生まれます。自己制裁は内面的なものであり、社会的制裁のおそれがない場合でも、個人の中で逸脱行為を抑制し、道徳的な束縛を生みます。つまり、自己制裁は道徳基準に合致した行いの指針となり、非倫理的な行為を抑止する「自己調整機能」として働くとバンデューラは考えました。

しかし人は、常に道徳基準に従った行動をとるとは限りません。道徳的な自己規制を自ら外してしまうこともあります。バンデューラはこれを「道徳的束縛からの解放メカニズム」と名づけました。このメカニズムによって、普段は良識的な人々が、さしたる葛藤やストレスを感じることなく逸脱行為を犯すことが可能になります。図は、道徳的束縛からの解放メカニズムを表しています。ここには8つのメカニズムが入っています。たとえば、「道徳的正当化」は、本来は非道徳的、非倫理的な行為であっても、それが価値ある目的に役立つものだから個人的にも社会的にも許容されるとみるのです。

経営状態が悪化している状況では、経営陣には、多少無理をしてでも経営が上向きになるのであれば目をつむろうという焦りも出てくるでしょう。そうした中ではビジネス倫理との葛藤も生まれます。やがて、無理を重ねる中で自己調整機能が不活性になり、道徳的束縛からの解放メカニズムが活性化します。その結果、不正行為に対する道徳的正当化が生まれ、結果として不祥事を引き起こすことにつながっていきます。

「不祥事」はそれが明らかになった時点で不祥事と呼ばれるようになります。その中にはさまざまなものがあり、一括りにして論じることはできません。ただ、不祥事にいたる不正は必ず露見します。露見したときの損失の大きさを考えれば、不正に手を染めることは企業や組織にとっては致命傷になることを、経営陣は肝に銘じておかねばなりません。

※ 私たちはバンデューラの理論に基づき、大学生を対象にビジネス倫理に関する実験的な研究をいくつか行っています。その研究ついては、また機会をあらためてご紹介することにします。