浜渦武生

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1999年5月から石原慎太郎東京都知事の特別秘書となる。

2005年9月、東京都が出資する外郭団体である第3セクターのビル会社東京交通会館の副社長に天下りする。石原知事は「その後の就職の世話を都としてするのは当然じゃないですか」「あの人材を埋もらせるわけにいかないでしょう、それっきりにして。東京都のためにこれからも働いてもらいますよ」との見解を示した。また、石原知事は定例記者会見で浜渦副知事を「非常に有能な腹心」、「余人を以って代え難い」と再三持ち上げ、「最後は浜渦と私で涙を流して話した。泣いて馬謖(ばしょく)を切る以上に大事な人材」と心境を吐露している。

  • 趣味は狩猟で、キャリアはすでに20年になる。座右の銘は“質実剛健”
  • 大学時代の同級生たちの評判では、学生時代の浜渦は「空手をやっていて関西の右翼連中も一目置く」存在だったという。
  • たびたび暴力事件を起こし問題になっていたが、石原は「(殴り合いなど)男の世界には良くあること。むしろ無い方が嘆かわしいね」と述べ、浜渦を擁護した。

東京都副知事時代

浜渦は自分への面会の可否を権力増大の手段としていた。会ってもらえない都職員は、"お手紙"(各部局が今後進めようとしている施策の要点をA4判用紙にまとめたもの)を副知事本人ではなく秘書へ渡し、返事("○"とあれば了解。"×"だと練り直し。)も秘書から受け取る。幹部を叱責する際には"詫び状"を取るのが常であり、"詫び状"を「手書きで出し直せ」という強圧的な姿勢で都職員を服従させた。さらに、意に沿わない実力派の幹部を都庁から早期勧奨退職させ、独裁的な体制を築いた。

2005年3月には、都が練馬区に建設した東京都社会福祉総合学院について都議会予算委で浜渦が民主党に質問を依頼した事実が35年ぶりに設置された百条委員会で判明し、2005年5月12日には同委員会は質問依頼を否定した浜渦副知事の偽証を認定した。

石原知事は浜渦が民主党にやらせ質問を依頼したことについて、「やっぱり責任政党の自民党が質問してくれたら一番よかったと思うし、だから僕はそうさせろと言った」と述べ、自民党に質問を依頼するよう指示したことにも言及している。また、「どうも自民党も動きそうもない。それで、民主党ということになったのかな」と述べた。石原知事は「やらせ質問」の是非に関しても「話題になれば非常にいいなと思った。それが議会ってもんじゃないの」と肯定的な見解を示している。

  • 佐野眞一 『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』 講談社 2003年 394-399頁