昭和電工事件

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事件の舞台となった当時の昭和電工本社

昭和電工事件(しょうわでんこうじけん)は、戦後間もない1948年におきた贈収賄汚職事件。昭電事件昭電汚職(しょうでんおしょく)、昭電疑獄(しょうでんぎごく)とも呼ばれる。

事件のあらまし

検察庁へ引致される栗栖赳夫(眼鏡の人物)

疑惑に先に手を付けたのは警察であった。当時、捜査2課長で後の警視総監を務めることになる秦野章らは、内偵を進めていくうちに政界がらみの大きな汚職事件になると確信し、政府がつぶれる危機すら抱いたが、それでも捜査を進めた。捜査の過程ではGHQ職員らも金を受け取っていたことが発覚。政財界だけなく、GHQも関わるの三つ巴の構造汚職であることを掴む。このためこれを察知したGHQは圧力をかけ、捜査から警察を締め出し、GHQのいうがままに動く検察主導で行わせるよう工作した。警察は情報を漏らすというのがその理由であった。そこで秦野は一策を講じ、クリスチャン・サイエンス・モニターの記者であったゴードン・ウォーカーを呼び、GHQ関係者の名前がずらりと並んだ汚職容疑者リストをすべて渡した。ゴードン・ウォーカーはさっそくGHQを訪れ「GHQは、日本の警察の邪魔をするのか」といい、そのリストを見せた。直後からGHQの警察への干渉はぴたりと止まった。しかし、その後ゴードン・ウォーカーは突然朝鮮半島へ転任になった。また秦野と藤田刑事部長の2人は突如、転任となり、その後捜査は警察から検察へ移ることになる。検察の捜査ではGHQへの疑惑は全く出なかった。

捜査取調結果

経済安定本部・栗栖赳夫総務長官、昭和電工・日野原節三社長ら15名の、復興金融金庫、日本興業銀行からの昭和電工融資にからむ贈収賄

  • 井本台吉(元検事総長。福田の友人で、昭和電工事件時は弁護士)
  • 花井忠(元検事総長。昭和電工事件時は弁護士)
  • 馬場義続(元検事総長。昭和電工事件時は東京地検次席検事)
  • 河井信太郎(元大阪高検検事長。昭和電工事件時は東京地検隠退蔵事件捜査部検事として帳簿捜査の流れを確立した)
  • 菅原通済(当時の政界の黒幕。日野原の義兄)
  • 秦野章 当時、当初捜査を始めた警察の捜査2課長で後の警視総監を務めることになる。