コーポレートガバナンスの第一人者である山口 利昭弁護士、郷原 信郎弁護士は東芝問題をどう捉えたのだろうか。前回、「2人の弁護士の目に映った東芝の姿」では問題の所在を検討したが、今回は他社が学ぶべきこと、コーポレートガバナンスのあるべき形について伺った。

大企業に起こる機能不全

今こそ全体が見られる人材を 山口弁護士

今回は東芝のケースについてお話を伺っていますが、他社の不祥事を見ていても、伝統的な企業や大企業に軋みが出ているようにも感じます。

山口
 伝統的な大企業は組織がしっかりしている。内部統制システムもしっかりしている。皆が歯車、部品になっていて一つ一つの部品も優秀、歯車の噛み合い方も素晴らしい、ミスは出ないし仕事も真面目。だからこそ全体が見える人がいなくなっています。
 昔は、普段何をしているかわからないけど全体が見えている人、たとえば総会屋対策のためにいる警察出身の総務部員とか、会計士資格を持っていて普段はフラフラしていて、何をしているのかわからない経理部の人とかもいたのですが、そういう人たちが管理部門から少なくなっていると感じます。

そういう人たちは会社内でムダと思われるようになったのでしょうか。

山口
 ムダに思われてしまったのかもしれませんね。どこの会社も管理部門の効率化というのは課題としていますから。でもそんな総務部員や経理部員の方々は全体が見渡せる立場におられたので、他の社員が気づかない「違和感」「不正の予兆」のようなものにとても敏感でした。そのような「気づき」が不正の早期発見に役立つものと思います。
 伝統のある、大きな企業ほど部品としての社員の役割は正確だし、真面目で能力が高いんですけど全体を見る人が少なくなっていることは企業の不祥事という点から捉えると大きな問題ですね。

山口 利昭弁護士

社会的要請を「面」としてとらえ、総合的に応えよ 郷原弁護士

大企業の不祥事が増えていると感じます。

郷原
 コンプライアンスの考え方が間違っていますよね。経営とコンプライアンスを切り離して考えているから経営が一面的になっています。リスクとして認知できている範囲が狭すぎてダイナミックに考えることができていないわけです。
 法令遵守というと、ある法律のどこかの条文に違反するかどうかを「点」で考えがちですが、法令の背後にある社会的要請を見て、社会的要請に応えるべく目の前の法令をしっかり守る、それが「線」の考え方です。そして、さらに必要なのが「面」の考え方、様々な社会的要請を「面」としてとらえて、総合的に応えていくというコンプライアンスでなければいけない。

郷原 信郎弁護士

 郷原弁護士が指摘した「面として社会的要請に応える」ことは目的であり、山口弁護士が指摘した「全体を見られる人材」は手段とも考えられる。これは前回、東芝問題の原因として指摘されたことでもあり、不祥事を起こす企業に共通する問題点といえる。具体的なケースで見てみよう。

東芝と三菱自動車の類似点

現場と数字をつなぐ必要性 山口弁護士

東芝と共通の問題を抱えた不祥事があれば具体的に教えてください。

山口
 東芝は三菱自動車の問題とも共通点を感じます。東芝は「チャレンジ」と称して厳しいプレッシャーをかけ、三菱自動車もいい燃費性能を出せ、というプレッシャーがかかっていた。
 そのことだけが悪いのではなくて、上層部が管理会計制度において、3日で100億円の数字を作れ、という場面はどこの会社もあり得ると思うんです。ですが、普段から自分たちのやっていることがどれだけ売上、利益につながるか現場が理解できるようにしないと、管理会計的に上から数字が降ってきても現場はちゃんと動かないでしょう。
 そうならないために、普段から現場の仕事と数字をつなげるための「通訳」の存在は必要なのです。これはトップ自身がその気にならないとできません。

「需要」という社会的要請に適応できなくなった 郷原弁護士

郷原
 三菱自動車の燃費不正は「需要」という社会的要請に応えることがうまくいかなかった事例です。
 それまでは「カタログ燃費」というのは、自動車購入者の選択において、それ程重要な要素ではなかった。それが、エコカー減税を契機に、燃費が一定の基準をクリアしていることが需要の重要な要素になった。そういう大きな変化に適応できなくなり、燃費算定のための走行抵抗の数値をごまかしたわけです。
 車の性能を向上していくための根幹の能力が低下している中で、端的に言えば、需要に応えていくという事業の根幹のコンプライアンスが損なわれたわけです。だから日産の傘下に入ることで、それまでとは違う企業として再生を図らざるを得なくなった。需要に応えるというコンプライアンスがうまくいかなかった典型的な事例です。


 具体的な事例を見ると、不祥事を起こす企業に欠けているものがより鮮明に浮かび上がってきたように見える。社会的要請という根本の問題に経営が取り組むには現場との一体感が必要であり、そこをつなぐ人材が不可欠なのかもしれない。では、一体他社は何を東芝から学ぶべきなのだろうか。

他社は東芝の事例から何を学ぶか

販管費が増えても全体を見られる人を育てなければ 山口弁護士

東芝の問題から他社は何を学ぶべきなのでしょうか。

山口
 他社が学ぶとすれば、全体を見渡すことができる人や、現場の問題を通訳して経営に伝えることができる人が、不祥事の予防、早期発見には大切ということですね。御社にそういう人はいますか?と問われた時にどう答えられるかが重要です。
 東芝ほど縦割りが強い会社もあまりないかもしれないですが、全体を見られる人がいないとどこの会社でも同じような問題は起きます。誠実に職務を遂行する社員が多い大企業ほど、この点には注意が必要だと思います。
 販管費は増えるかもしれないですけど、全体を見られるような人をキャリアパスに組み込んでいくとか、工夫することを考えていくべきですね。

山口 利昭弁護士

東芝の問題は他人事ではない 郷原弁護士

郷原
 日本の経済界のリーダー達にとって東芝の問題は他人事ではありません。財界のオールスターの方々が社外取締役になったのは、東芝のやっていることに違和感がなかったからだと思います。
 多くの企業が、連結ベースの企業規模を重視することで、様々な分野の事業に展開しようとします。すると、事業全体で、あらゆる社会的要請に応えていく、ということが難しくなっていきます。環境変化に適応できなくなっていきます。全体として、社会的要請にバランス良く応えていける企業規模というのを考えていくべきなんでしょうね。

郷原 信郎弁護士

 他社が学ばなければならないことは、東芝に起きた問題はどこの企業でもあり得るということであり、経営は環境変化に適応できているか、現場を理解できているか、そのための人材は育っているのだろうか、と自らを省みることなのだろう。
 最後に、今後のコーポレートガバナンスのあり方について意見を聞いた。

コーポレートガバナンスのあり方はどうなるのか

「性弱説」に立った人間観を持ってこそガバナンスが活きてくる 山口弁護士

東芝の問題を受けて今後のコーポレートガバナンスのあり方はどうなっていくと思いますか?

山口
 東芝のケースは教科書的に言えば、形だけ整えても仕方ない、という一つの教訓にはなったでしょう。「形から実質へ」ガバナンスの議論を深化させよ、という流れが今後も進むものと思います。ただ、もう一つ言えるのは、いくら形だけガバナンスをよくしても、不祥事の発見、防止はできない、幻想に過ぎないということです。
 私利私欲のためであれ、会社のためであれ、そもそも不祥事を起こそうという人間、確信犯的に不正を起こそうという経営者にはどんなガバナンスを作っても不正は防げません。ガバナンスっていうのは社長が不正を起こす気にさせないためにあるんです。どんな立派な社長でも、長くその地位にいたり、会社の経営環境が悪化すれば「急場しのぎの不正なら」といった気持ちになる。性悪説でもない、性善説でもない、いわば「性弱説」に立った人間観を持ってこそガバナンスが活きてくるのです。
 ひらたく言うと、「うちの会社は積極的に社長を監督しているから悪いことはやめておこう、正直に業績を開示しよう」と社長に思ってもらうためですね。周囲を社長のイエスマンだけで固めて、反対意見も出てこないような組織だと、いくらガバナンスの形がよくても不正防止は困難です。よく、機会・正当化・動機が重なるとビジネスパーソンは不正を働くと言われるのですが、「とてもじゃないけど悪いことはできないな」という不正の意識を起こさせない、機会を潰す、そういう意味ではガバナンスが機能している会社はたくさんあると思いますよ。

社外役員はリスクを感じ取れ 郷原弁護士

郷原
 社外役員が社内と同じだけの情報量で意思決定に関わるのは無理な話です。しかし、社外役員を含めて十分に実情を把握して決定をしなければいけないことがあるはずです。社外役員はそれが一体何なのかしっかり認識しないといけません。会社が様々な環境変化にさらされる中で様々な問題が生じてくる。それを社外役員が、社内の人間とは違った観点から見て、リスクを感じ取っていかなければならない。そういう意味で、東芝問題は大きな教訓となる事例です。


 東芝の問題を受け、コーポレートガバナンスへの信頼は大きく揺らいだが、そもそもコーポレートガバナンスは万能ではなく、完成されたものでもない。失敗を積み重ねて進化をしていくものかもしれない。
 今回のインタビューを通して、山口弁護士は「全体を見渡せる人材の育成」を、郷原弁護士は「社会的要請に応えること」の重要性を徹底して語ってくれた。では、それをどう実現していくか。これに決まった解はない。経営の責任を果たすための策を自問し、社外からの厳しい意見を自ら求め、受け入れることが、コーポレートガバナンスのあるべき姿へ辿り着くための確実な道なのだろう。

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