テレビ局報道記者出身の弁護士が法務とメディア、相互の視点から特に不祥事発生時の取材対応の問題点と解決策を提言します。

これまで折に触れて紹介してきましたが、記者や法律家の業界には、独特の言い回しや表現があります。記者や法律家は文章を書くことを仕事にしている人たちであり、皆さんが想像する以上に言い回しや表現をどのように使い分けるかという点について細心の注意を払っています。

こうした使い分けは記者や法律家個人の単なる“好みの問題”ではなく、業界全体の共通理解に基づいています。そこで今回はより適切な取材対応や説得力のあるリリース文作成のため、記者や法律家の言い回し・表現について取り上げていきます。

「逮捕」「逮捕へ」「逮捕か」

例1 新聞の見出しを比較 (逮捕の可能性の確信の差)

国会議員Xが建設会社Y社から賄賂を受け取ったという疑惑が連日取り沙汰される中、ある日の朝刊各紙の1面には、以下のような見出しが並びました。

A新聞 「X議員 今日にも逮捕か」

B新聞 「X議員 今日逮捕へ」

C新聞 「X議員 今日逮捕」

まずは元記者の観点から、記者が使う言い回しや表現についてお話しします。例1の事例では、X議員の逮捕について報じる各朝刊の見出しは、微妙に言い回しが異なります。この言い回しの差は、「X議員が今日逮捕されること」について、各紙による確信の度合いが異なるためです。

具体的には、「X議員が今日逮捕されること」について、最も自信を持っているのはC新聞で、最も自信がないのはA新聞でしょう。記者としてはC新聞のように、「X議員 今日逮捕」といった断定的な見出しを打てるだけの情報を収集できるよう、日ごろから取材活動にあたっています。ただ私個人の感覚では、相当な確信がない限りC新聞のような断定的な見出しを打つことは困難です。

一方で、A新聞による「X議員 今日にも逮捕か」という見出しはかなり腰の引けた表現であり、その日のうちに逮捕されなかった場合の逃げ道を用意した言い回しです。Y社の広報担当者としては、このように各紙の見出しの記載ぶりをチェックし、各紙がどれぐらい確度の高い情報をつかんでいるのかを把握した上で広報対応にあたることが重要です。

なお冒頭の事例のように逮捕や立入検査の着手時期を報じる記事については、本来は誤報だったにもかかわらず、後からスクープ記事に生まれ変わることがあります。当局としてはその日に着手するつもりはなかったのに、朝刊で「今日にも着手」といった記事が出てしまったとします。すると当局は関係者による証拠隠滅や逃亡の可能性を恐れて、当初の予定を早めて着手することがあるのです。

もっとも、こうしたフライング記事を書いた社は、誤報がスクープ記事になったからといって喜んでばかりはいられず、多くの場合、当局の捜査を邪魔したとして、“出禁”というペナルティが科されます(のちに記者レクへの参加が禁止されるなど、取材方法について制約を受けることになります)。

対象者を具体的に特定できているか?

例2 新聞の見出しを比較(報じる対象者の特定度合いの差)

朝刊各紙が報じたとおりX議員はその日の午前中に逮捕されました。夕刊各紙はX議員が逮捕されたことを報じるとともに、贈賄側とされるY社への事情聴取の可能性を報じています。

A新聞 「Y社関係者からも話を聞く方針」

B新聞 「Y社において入札業務を担当する男性課長から話を聞く方針」

C新聞 「Y社の男性社員(43)から事情を聞く方針」

次に例2を解説していきます。A新聞の記事ですがY社の贈賄が疑われている以上、Y社関係者の誰かから話を聞く方針であるのは当然です。つまりA新聞の記事には、ほとんど内容がありません。

続いてB新聞ですが、B新聞の記事では(1)Y社関係者の業務内容 (2)対象者の役職 (3)対象者の性別が特定されており、贈収賄事件についてかなり詳細な事実関係を把握していることがうかがわれます。必要に応じてY社経営陣や関係部署に対して、B新聞からの取材には特に慎重に対応するよう注意喚起すべきです。

そしてC新聞の記事はB新聞と比べて記事の情報量はそれほど多くないようにも見えますが、社員の年齢を43歳であると特定していることが気になります。なぜなら、対象者の生年月日まで把握していないと、報道時点での年齢を43歳と断言することはできません。対象者の生年月日は業務内容や役職の把握よりも困難であることが少なくないですが、C新聞には、それだけの情報を得られるだけのソースがあることになります。その意味では、Y社の広報担当者としてはC新聞もB新聞と同じくらい警戒すべきです。

このほか、各紙がどれぐらい確度の高い情報をつかんでいるのかを判断するにあたっては、日時や対象者の所在地などの情報がどの程度正確かつ詳細に記載されているか、内部資料が手元にあって初めて記載できるような細かい数字や事実関係が記載されていないかどうかにも着目すべきです。

法律家を悩ませる「悪魔の証明」

次に、弁護士がある事実関係があったかどうかを判断する際によく使う言い回しや表現を紹介します。弁護士は当局や裁判所に対して事実関係を説明する際に、嘘や間違いにならないよう、一つひとつの表現に細心の注意を払っています。こうした姿勢は広報担当者にとっても同じように重要であり、そのノウハウは不祥事に関するリリース文や記者会見時の回答案を作成する際に大いに役立ちます。

例えば、弁護士が会社から“Z” という事実があったかどうかを調べてほしいと依頼された場面を考えます。法律家は関係資料を読み込んだり、関係者から話を聞いたりした上でその結論を出すことになります。ただ結論についての言い回しは、例3のとおり実にバラエティに富んでいます。

例3 法律家による表現のパターンとその意味合い

(1) “Z”という事実があったと認められる

(2) “Z”という事実があった可能性が高い

(3) “Z”という事実があったように思われる

(4) “Z”という事実があったことがうかがわれる/疑われる

(5) “Z”という事実があった可能性がある

(6) “Z”という事実があったと(まで)は認められない

(7) “Z”という事実があったと認めるに足りる証拠はない

(8) “Z”という事実がなかったと認められる

このうち、(1)~(5)の言い回しは、“Z” という事実を肯定する方向での表現です。これらの表現のニュアンスの違いは、比較的明確です。基本的に、(1)から(5)の順で、“Z” という事実があった可能性が低くなっていくイメージです。

ややこしいのは、(6)~(8)の表現でしょう。これらはいずれも“Z” という事実を否定する方向での表現ですが、ともすると単なる表現の好みの問題と思われてしまうかもしれません。しかしながら、私たち法律家は単なる好みで(6)~(8)の表現を使い分けているのではなく、それぞれの微妙なニュアンスの違いを踏まえて場面に応じ厳密に使い分けています。

なぜ法律家が(6)~(8)のような言い回しを使い分けるのか。その背景には、“悪魔の証明”と呼ばれる問題があります。

“悪魔の証明”とは、「ある事実が『なかったこと』を証明するのは、ある事実が『あったこと』を証明するよりはるかに難しく、不可能に近い」ということをあらわす言葉です。例えば宇宙人が存在する・しないの論争になったとき、宇宙人の存在を主張する人たちは一体の宇宙人さえ捕まえれば、その存在を証明できます。

しかし宇宙人はいないと主張する人たちが「宇宙人がいない」ことを証明するためには、全宇宙をくまなく調べ尽くさなければなりません。それは事実上不可能でしょう。法律家としても「“Z”という事実がなかったこと」を証明できるのであれば、(8)のように「“Z”という事実がなかったと認められる」と端的に述べれば足ります。ただ「“Z”という事実がなかったこと」の証明は“悪魔の証明”であって事実上困難なため、(8)の言い回しを用いることにはどうしても慎重になります。

「あったとは」「あったとまでは」の違い

同じような考えから、法律家は(7)の言い回しを用いることにも慎重です。(7)の言い回しも、結局は「……に足りる証拠はない」と言い切る形となっています。このように言い切るためには(8)と同じく、「(証拠が)ないことの証明」が必要となるからです。

ただし(7)の言い回しは「●●を調べた限りにおいては、“Z”という事実があったと認めるに足りる証拠はない」などと、調査範囲を明示した上で用いられることはよくあります。また「……と認めるに足りる証拠はない」と言い切るのではなく、「……と認めるに足りる証拠は見つからなかった」などと、表現をやや修正した上で用いられることもよくあります。「今回調査した限りでは証拠は見つからなかったけど、証拠が一切存在しないとまでは言っていませんよ」というニュアンスを出せるからです。

そして、(6)の言い回しは、裁判官の判決文や弁護士が作成する調査報告書など、法律家が作成する文章において頻出のフレーズです。なお、「あったとは認められない」と「あったとまでは認められない」のニュアンスの違いですが、後者は、“Z”という事実があったことをうかがわせる事情は一応あるということです。つまり、前者の場合よりもややグレーだという認定の場合に用いることが多い気がします。

ここまで法律家の言い回しについて若干マニアックに説明してきました。こうした法律家のノウハウを踏まえて、広報担当者としてはのことに留意していただければと思います。

もっとも、これらのポイントを徹底しすぎると(弁護士のように)理屈っぽい広報対応となってしまい、記者からの不評を買ってしまいかねません。ある程度、バランスをとることが必要です。

法律家の言い回しから学べる広報のノウハウ

●事実関係を説明する際には、「嘘や間違いのないように」細心の注意を払う

●そのためには、必要以上に断定的な結論を述べない

●特に、ある事実(=不正の存在など)を否定する場合、慎重な言い回しをする

●結論を述べる場合には、「……を調べた限りでは、……でした」など、なるべく一定の留保を付ける

鈴木悠介(すずき・ゆうすけ)

2007年TBSテレビ入社。報道記者として事件・事故取材にあたる中で、「評論家で終わるのではなく、当事者とともに、問題の解決にあたりたい」との思いを強くし、弁護士を目指す。現在は、西村あさひ法律事務所にて、企業不祥事対応(事実調査、マスコミ対応、当局対応等)や訴訟案件などに従事。
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