もし日本航空が123便墜落事故直後に廃業していたら

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123便墜落事故で大打撃を受けた日本航空。もしこの事故をきっかけに廃業に至っていたら?

  1. 航空機の利用者がさらに減っていた。
    • その分JRや高速バス利用者が増えていた。
      • 夜行高速バス路線も廃止や縮小は現実ほどなかったかも。
      • 現在でも多数の寝台特急が運行されている。
        • ムーンライトなどの夜行列車の多くは未だに通年で運行されている。
        • 東京~大垣間の「ムーンライトながら」以外にも東京~大阪間に夜行快速が運転されている。
        • 大阪~仙台や名古屋~札幌にも寝台特急が設定されていた。
      • 21世紀初頭に北海道新幹線と九州新幹線が全通している。
        • 鉄道利用が不便な宮崎にも新幹線が乗り入れていた。
          • 北海道・九州両新幹線とも16両対応で建設され、東京~鹿児島中央間直通列車も運転されている。
        • 北陸新幹線と四国新幹線も2010年までに全通している。
        • 東京駅で東海道新幹線と東北新幹線の線路がつながっていた。
      • 琉球海運はもっと早く更生、2万トンの船舶で南西航空(後述)に対抗、
        • 沖縄に遊びにいく人は船舶、沖縄企業の東京出張は飛行機として使い分けられ、両方とも1万円切符はやはり登場していた。
      • 中学生や高校生の修学旅行における航空機利用は現在も認められておらず、鉄道利用が主体となっていた。
        • あるいは一部の私立高校に限られていた。
    • バブル期ですら海外旅行は盛んではなく、その分帰省や国内旅行をする人が多かった。
      • そしてその客を見込んで沖縄以外の全国各地にホテルやゴルフ場が現実よりも更に作られ、自然が破壊される。
        • 反面、海外にはほとんど日系のホテルなどが出来ていない。
      • 外資や新興会社が大規模に進出してきそうなのでそうはならない気がする。
    • 高速道路の建築も早まった。
      • 当然、2009年に法案化された高速の延伸・拡幅が凍結されることもなかった。
    • また航空機業界の低迷が全世界に及び、アメリカも航空機大国から陥落して鉄道などが再注目された可能性もある。
      • 航空機なしでは生活に支障をきたす環境がすでに出来上がっているので大規模な航空会社再編の引き金になったくらいでは。
    • PeachなどのLCCが就航する事は無かった。
      • すでに70年代からレイカー航空やピープル・エキスプレスといった格安会社は存在していた。
  2. JALの新ロゴマークは日の目を見ることはなかった。
  3. ニュースやワイドショーは、こぞって日航廃業の話題を取り上げた。
    • 123便墜落事故の回想を交えた報道特番もあり得た。
  4. 佐賀空港や神戸空港は建設されなかった。
    • 中部国際空港も建設されなかった。
      • 静岡空港も。
    • 百里の軍民共用化もない。
  5. 史実と違いANAとJASが統合、スカイマークがそれに対抗する。
    • むしろJASはいまもある。ジャンボも導入している。
      • ジャンボやB777に国内線も個人テレビは当たり前。
      • クラス分けもスーパー、レインボー(ANAはプレミアムエコノミー、SKYはシグナス)、エコノミーの3クラス。
        • したがってジャンボの定員が569名ということはない。
    • あるいは現実とは逆にJASに吸収合併される形になっていたかも。
    • 「東亜国内航空」からの社名変更のタイミングが変わり別の社名を名乗っていた可能性も。
  6. 天王州アイルのビルは1つ減っている。
    • JALの代わりに他企業が入って結局同じ…ということも考えられるが。
      • JASの本社が天王洲アイルにあったりして。
  7. 羽田空港のターミナルビルは1つのみできる。
    • あるいは1999年ぐらいまで旧ターミナル(現B滑走路用地)残存。
      • その場合、フライトシミュレータヲタによるハイジャック事件はなかったかも。
        • 旧ターミナルの構造上ね。
      • 羽田空港の国際線復活はなかった。
  8. 南西航空は沖縄資本100%の航空会社に。今も社名そのまま。
    • しかし県民のニーズにこたえてこちらもB777導入。
    • ちゅらうみ倶楽部というマイルサービスも実施。その後ノースウェストのマイルサービスとも提携。
    • 相変わらず独自切符(手千切り)だが、2005年ごろから携帯タッチ&ゴーも開始。
    • 那覇空港の旧ターミナル構成も変わったが、史実どおり現ターミナルができた1999年以降は南側がJTA・SKY、北側がANAとなる。
      • 社名変わらなければSWALだった・・・・・・
        • SWALという略称は「JALを彷彿させる」という理由で改称させられていたかもしれない。
    • レキオス航空は計画自体ない。
  9. 日航保有の旅客機は売却。
    • ANAやJASなどが買い取っていたであろう。
      • ANAがDC10を買った場合、同社のトライスターは国際線に導入されなかった。
    • 小型機は地方の航空会社が買い取ったかも。
    • 海外に売られる機体の方が多そう。
      • この時点で老朽化していたDC-8あたりはアメリカ西部の旅客機の墓場へ直行していた。
  10. 関西国際空港は開港こそするものの、史実以上に苦戦していた。
    • 南海のラピートは当初から主要駅停車の「β」のみとなっていた。
    • しかも難波~岸和田・泉佐野間のような沿線利用の方が多くなっていた。
    • 南海50000系はあんな奇抜なデザインにならず、もっと地味な車両になっていた。
  11. 東西冷戦崩壊後、新千歳空港や長崎空港がハブ空港として拡張されていた。
    • 場合によってはANAかJASのどちらかが千歳か長崎に本社や航空機の基地を移していた。
  12. これを前例として、以降に大規模な事故(JR西日本や信楽高原鉄道、三菱自動車など)や不祥事を起こした企業(雪印グループ各社、ライブドア、森ビルなど)は即刻廃業しなくてはならない社会風潮ができてしまい、企業の活力が著しく低下する(積極的な活動を阻害する)などの社会的影響が出ていた。
    • 日本の主要企業はほとんど外資に捨て売りされていた可能性も。
    • JR西日本とJR東海が合併していた。
      • 三菱ふそう+日産ディーゼル→UDトラックス、ライブドア+楽天orソフトバンク等、企業合併も多数出ていた。
        • 子会社による救済合併や他社を買収して被買収企業の社名に変更するといったような込み入った手も広く使われる。
      • むしろJRに関しては「他のJRでも起こりうること、民営化の失敗」として再国有化された
    • テレビ番組でも、事故や不祥事を起こした企業が一社提供の場合や、番組運営にかかわっていた(東京フレンドパークでの三菱車の提供など)場合は打ち切られていた。
      • この他「クイズ100人に聞きました」のように、商品に国内・海外旅行を抱えるクイズ番組も打ち切りが早まっていた。
    • 墜落事故を起こした航空会社の廃業が世界各地で進んでいた。
      • 墜落事故の影響で廃業に至った会社(パンアメリカン航空・トランスワールド航空など)も史実より早く廃業していた。
    • ワイドショーなどでは「(不祥事を起こした企業)に極刑を」などといわれていた。
      • その企業のマスコットキャラクターが首を吊っている風刺漫画が描かれていた。
    • 海外では「日本では不祥事を起こした企業は『HARAKIRI』をさせられる」といわれ、これを恐れて日本に進出する外資系企業の数がやや減っていた。
    • 逆にJR西日本は信楽の事故以来、安全重視になり、尼崎の事故は防げていた可能性がある。
    • インターネットが発達した現在ではこう言った「企業潰し運動」がより過激化している。
    • そのうち不祥事を起こした芸能人やスポーツ選手の復帰も許されなくなってきた。
      • 封印作品の量が現実よりかなり増えている。
    • 不祥事の責任を取らずすぐ廃業してしまう企業も出て賠償などの問題がややこしいことに。
  13. 2008年以降の日航再建問題もなかった。
    • その分1980年代後半の日航破綻時に社員の再就職が大きな問題となっていた。
      • 当時の経済情勢をみるとほとんどがあっさりと再就職してそう。
      • しかしバブル崩壊で今度は再々就職が大きな問題となっていた。
  14. 航空に関する規制緩和も早まっていた。
    • 特に国際線に関しては日本の会社の便が貨物しか飛んでいないという異常事態が起きるため喫緊の課題とされていた。
      • JAL消滅からほどなくANAだけでなくTDAも国際線に参入していた。
  15. 御巣鷹山に日航の墓を建てるギャグが流行っていた。
    • エープリルフール企画などでありそう。
    • 遺族などがこれに対しクレームをつける。
    • それに便乗して、「日航は521番目の犠牲者」という主張も出る。
  16. 九州は東京までの時間的距離が遠くなることから、現実よりも大阪志向が強くなっていた。
    • 東京一極集中も緩和されている。
    • その変わり東京が衰退し、名古屋あたりが一極集中となる。結局どこかが一極集中になることには変わりない。
  17. 事故前の4月に太平洋線撤退を決めたパンナムはとてつもなく後悔していた。
  18. 「スチュワーデス物語」や「アテンションプリーズ」といったJAL絡みの作品は下手をすると現在も封印状態だった。
  19. 『沈まぬ太陽』の後半部分の内容が史実と著しく変わっていた。
  20. 日航系列のホテルは切り売りされ売却代金が事故遺族の補償に充てられていた。



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