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 平成九年五月二十日、検事と検察事務官約百名が一斉に『野村証券が第一勧業銀行を窓口として総会屋の小池隆一に対して利益供与した』との捜索令状を持って第一勧業銀行本店になだれ込んだ。兜町では小池の名前を知る人は少なかった。
 小池隆一(昭和十八年、新潟県の織物問屋の次男として生まれ)は地元県立賀茂高校中退後、飲食店で働いていたと聞いた事があるが、昭和四十三年頃に上京し、都内最大の総会屋集団代表の小川薫の義弟(玉田大成)に弟子入りし、昭和五十七年の商法の改正で総会屋にうま味が無くなったと云って総会屋的な行動から一時期姿を消し、糸山英太郎(大規模な仕手戦の闘士)・木島力也(現代評論社)・児玉誉士夫(政界・右翼・総会屋を牛耳るフィクサー)等と接触を持ち企業の黒幕とも云われていた男で、この時四百六十億円を第一勧業銀行から融資を受け、三十一億円を四大証券株の購入資金に充てていたのだ。一勧の近藤頭取を始め奥田会長や相談役五名の不正融資の引責辞任は捜索令状の三日後と素早かった。六月二十九日、宮崎邦次(元頭取・会長)の首吊り自殺は衝撃的な事件へと発展してしまった。
 平成四年には損失補填事件で退陣した会長の田淵節也と、社長の田淵義久に代わって酒巻英雄が野村のトップに立ち、迎えた初めての株主総会前、三十万株の株主提案権を盾に、小池は酒巻ら取締役十名の解任要求と、証券不祥事を追求する三十九名連名の質問状を提出し、それに屈した酒巻社長の利益供与のスタートがあったと云われている事件があった。 
 此の一連の証券事件にまつわる自殺者は一勧の宮崎元頭取から、翌年の大蔵省金融取引検査官の大月洋一、そして日本道路公団の汚職接待がらみで関連会社の吉田社長も痛恨の遺書と共に此の世を去り、新井将敬衆議院議員(当時)もホテル・パシフィックの一室で首吊り自殺を遂げている。
 新井議員の株取引は十五年前頃から日興証券と縁を持ち『事務所に毎月五百万円の経費がかかる』『もっと儲けたい』と露骨な発言が裁判の過程で暴露されていたが、野村証券でも取引があったようだが、其の損益の程は解らない。


第一勧業銀行と四大証券の利益供与事件 (企業側の逮捕者)

奥田正司前会長
藤田一郎副頭取
福島建夫審査担当専務
金沢彰元副頭取
内田恒雄元副頭取
田中賢二ジャスコ社長(元一勧総務担当専務)
寺沢康行元審査担当専務
橋爪博元総務担当常務
渋谷龍夫取締役総務部長
真鍋卓史総務部副部長
の計十一人。
大和信用を通じて小池に百十七億八千二百万円を迂回融資の罪

野村証券

酒巻英雄元社長
藤倉信孝元総務担当常務
松木新平元株式部門担当常務
の計三人。
自社株取引やワラント取引を通じた利益四千九百七十三万円。絵画取引の裏金二千万円等を小池に直接渡す

山一証券

三木淳夫前社長
白井隆二前副社長
井山日出邦株式部門担当専務
末貞俊士取締役
松下光陽取締役首都圏営業部長
関本重雄元株式部付部長
岩佐茂太良総務部嘱託社員
石川弘通太平洋証券社長(元山一専務)
の計八人。
自社で海外先物取引利益金一億七千万円を小池に振替。三億一千六百九十 一万円を昭和リース口座に付け替える

日興証券

幸実佐男前総務担当副社長
平石弓夫元株式部担当副社長
浜平裕行元株式担常務
池田晃敏元総務部長
の計四人。
自社取引の利益一千四百九万円を小池口座に入れる

大和証券

十亀博光前総務担当副社長
島村猛株式担当専務
野島武総務担当常務
金田信前エクイテイ本部長部付部長
寺島保夫元総務副本部長
鬼頭猶義元総務部付部長
の六人。
自社取引の利益二億二百七十九万円を小池口座や知人口座に入金。

ことし一月の野村証券新宿支店でのTDF株売買、東邦金属株売買の買い付け代金未払いの鉄砲事件
これは改めての委員会で後日取り上げたいと思います。
そこで、田淵参考人にVIP口座についてお伺いをいたします。
酒巻前社長は、事務管理上の符号としながらも、約一万件の口座がある、政治家、高級官僚、総会屋の名前があるということを認めました。
全部のお客さんに利益供与をされたかどうかは別であります。野村役員OBの証言として、政治家、外務省、大蔵省、通産省を初めとする官僚、OB含めてです、経済人、総会屋など約二百四十人には、特別顧客として利益供与をされた。当然、本名は少なく、ダミーの名前であろうと思います。この事実は間違いありませんね。洗いざらいしゃべってください。
中野(正)委員 
 全くないと田淵参考人はお答えをされましたが、将来このVIP口座の本質的な中身についてオープンになった場合、発覚した場合、あなたはどんな責任をとられますか。また私たちは実はお招きをしなければならぬのであります。まあ、これ以上は申し上げません。次に、
田淵参考人はベトナム北部のハイフォン工業団地造成の責任者であった。これは、田淵元会長の言であります。
野村は、中国雲南省のダム建設、ミャンマーの工業団地建設など、関連会社挙げてODA関連の海外プロジェクト、開発事業に精を出されております。
現地政府とのコネクションは、外務省関係者が仲立ちされたと言います。元シンガポール大使のM氏と田淵参考人とは、知る人ぞ知るの関係と言われます。
このM氏とのつき合いはいかほどのものであるのか、VIP口座につながってはおりませんか、ODA関連の業務を進めた目的は何だったのか、お伺いをいたしたいと思います。
中野(正)委員 
 四大証券株の取りまとめはどこの会社ですか。
田淵参考人 
 これについては、一切承知いたしておりません。
中野(正)委員 
 近いうちに全貌が捜査で明るみにされると思いますが、
取りまとめは日興証券であります。まごう方なく野村が買わせたのであります。
 改めて過去を振り返りますと、九二年六月、酒巻新体制初めての株主総会を迎えます。大波乱が予測されました。その三月に、小池隆一容疑者は議案提案の予告の内容証明郵便、その後に分厚い質問状を送付いたしております。五月、そのお二人が野村内で面談をされました。この面談後、小池隆一容疑者側がなぜか質問状を撤回、株主総会にも出席せず、波乱予想の総会はスムーズに終了したのであります。
 田淵参考人は、この一連の流れは当然承知されておられたと思います。また、質問状の中身も御承知だと思います。お答えください。簡潔に願います。
田淵参考人 
 ただいまの一連の流れについて、一切承知しておりません。また、その後の質問についても、一切承知しておりません。
中野(正)委員 
 酒巻前社長は、田淵元社長の子飼い、田淵内閣では酒巻官房長官と言われたと。我が内閣の官房長官と違うのであります。
酒巻氏は、社長になってからでも、ささいなことでも田淵元社長にお伺いを立てなければ何も決裁できなかった、いわば院政だった、こういう野村内の多くの証言があるのであります
から、今の答弁はとても納得できません。いずれにしても、九一年の不祥事後、こういった過去の古い傷としっかり決別をしなければならなかった、また、情報開示をしてさえいれば総会屋につけ込まれることはなかった、私は率直にそう思います。隠ぺい体質が問題なのであります。
さて、この株主総会後、野村と小池容疑者側の癒着がさらに強まり、野村内でも両者の関係が公然化いたしてまいりました。
九二年、九三年と、約八億と言われる利益供与をされております。九四年は約三億七千万の損を出させ、損失補てんを要求されております。今日までの捜査の流れで明らかです。そして、いよいよ九五年の株主総会を迎えます。田淵元会長、田淵元社長の取締役復帰が焦点でありました。しかし、総会は、複数の総会屋が進行に協力をして、約五十分で終了されたようであります。この総会の前に、野村は、自己売買で得た利益約三千八百五十万円を小池容疑者側につけかえで提供された、これが酒巻前社長のとりあえず今回の容疑ということになるわけであります。
 この総会の対策に、酒巻前社長から相談されたり、あるいは田淵参考人が指示、アドバイスしたことはあるかどうか。
 もう一点、当然、田淵参考人は以前からこの小池隆一容疑者ともそれなりの面識、おつき合いがあられたと思うんですが、いかがでございますか。明確に。