© 東洋経済オンライン 3月にはチリで行われたTPP閣僚会合に越智隆雄・内閣府副大臣(左)、薗浦健太郎・外務副大臣(中央)とともに出席していた中川俊直氏(右)だったが…(写真:Agencia EFE/アフロ) 

 「北朝鮮危機」で国民の政治への関心が高まり、安倍晋三首相による"1強政権"が求心力を強める中、自由民主党当選2回生の相次ぐ不祥事が政権の足を引っ張っている。最新の共同通信の世論調査でも73%が「政権の緩み」と回答するなど、史上最長を狙う安倍政権のアキレス腱ともなりかねない状況だ。

 過去4回の衆院選のうち2005年の「郵政選挙」、2009年の「政権交代選挙」、そして2012年の「政権再交代選挙」では「風に乗った」新人が大量当選するケースが続いた。これらの新人群はいずれも勝った政党のリーダーの名前を冠して「〇〇チルドレン」と呼ばれ、いま話題となっている2012年組が「安倍チルドレン」だ。もちろん議員達の活動ぶりは様々だが、問題児続出の背景には議員"大量生産"に伴う政治家としての「資質」の欠如が際立つ。

「不倫のDNA」の中川氏は議員辞職のピンチ

 最新の不祥事の当事者は中川俊直衆院議員(47)=広島4区=だ。中川氏は4月18日に突然、経済産業政務官を辞任した。20日発売の週刊新潮が同氏の不倫問題を報じることが理由で、18日夜、自身のフェイスブックで「家族がありながら、会社員時代からの知り合いの女性に好意を抱き、その方を深く傷つけてしまい、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです」とのコメントを掲載し「すべて私の不徳の致すところであり、言い訳のしようがありません。誠に申し訳ございません」と謝罪した。しかし、政務官の不祥事だけに野党側の反発で国会での委員会審議も空転し、事態悪化をおそれた自民党執行部は21日に中川氏に離党を促し、同氏も離党届を提出、受理された。

 中川氏は祖父から3代続くいわゆる「世襲議員」。父親で自民党幹事長も務めた秀直氏も、同じ女性問題などで第2次森内閣の官房長官を辞任した経緯があるため、ワイドショーも一斉に「不倫のDNA」などと騒ぎ立てた。国会運営への影響も出たことから自民党の二階俊博幹事長も「中川なんて見たこともない」と怒り心頭で、中川氏が所属する細田派を通じて党から追放した。

 ただ、かねてから闘病を続ける妻を裏切っての不倫だけに、野党側は「人間として失格」(蓮舫民進党代表)などとして議員辞職を求めている。永田町では「政治資金疑惑に関する続報もある」(自民幹部)とされるため、展開次第では議員辞職も避けられない状況だが、辞職に伴う広島4区での補欠選挙での敗北を恐れる自民党は「何とか時間を稼いで、辞職を防げないか」(執行部)と頭を抱えている。

 中川氏は2012年12月の衆院選で初当選した「安倍チルドレン」。民主党政権への国民の不信が爆発して自民党への政権再交代につながった歴史的な選挙で、119人の新人議員が誕生した。公募で当選した「風頼りの落下傘議員」が目立ったが、2年後の衆院選も"安倍ブーム"が継続していたため、9割近くが当選2回となった。ただ、「地道な選挙活動より好き勝手に行動」(自民長老)する議員が多く、次々に不祥事を起こす原因ともなっている。

「未公開株」「ゲス不倫」「おんぶ視察」と続々

 時系列でみると、最初にスキャンダルを起こしたのは武藤貴也氏(37)=滋賀4区=だ。2015年に「知人に未公開株の購入を持ち掛け、金銭トラブルになった」との週刊誌報道を受けて離党に追い込まれた。

 さらに2016年には宮崎謙介氏(36)=京都3区=が「妻の妊娠中の不倫」発覚で議員を辞職した。同氏の妻は当選同期の金子恵美氏(39)で、夫として「国会議員で初の育休をとる」と宣言して"イクメン議員"としてもてはやされただけに、同時期の有名芸能人の「ゲス不倫」事件とも絡めた激しいバッシングの中、「涙の記者会見」で辞職を表明。これを受けた京都3区の補欠選挙では自民党が不戦敗を強いられた。

 そのあともチルドレンの不祥事は続き、2016年9月には内閣府政務官兼復興政務官の務台俊介氏(60)=長野2区=が台風の被災地を視察した際に長靴を持参せず、政府職員に背負われて水たまりを渡って厳しく批判されたのに、今年3月になって「たぶん長靴業界が儲かったのでは」など放言したため政務官辞任を余儀なくされた。

 また、安保法制の審議がヤマ場に差し掛かっていた2015年6月には大西英男氏(70)=東京16区=が安保法制に批判的な報道機関について「懲らしめなければいけない」などと暴言を繰り返し、党執行部から厳重注意処分を受けた。

 過去を振り返ると、2005年の小泉純一郎首相(当時)による「郵政解散」での衆院選圧勝で当選した新人議員83人は「小泉チルドレン」と呼ばれ、同期で「83会」を結成したが、自民党に逆風が吹き荒れた2009年の「政権交代選挙」では10人しか生き残らなかった。

 「小泉チルドレン」で有名になったのは公募で比例南関東ブロック35位登載なのに自民圧勝で「想定外の当選」となった杉村太蔵氏(37)。同氏は当選後のインタビューで「早く料亭に行ってみたい」「念願のBMWが買える」などと発言して批判され、党本部での謝罪会見に追い込まれた。同氏は2009年の衆院選には出馬できず政界を引退したが、その後は「薄口政治評論家」などを売り物にテレビタレントとして活躍している。

「小沢ガールズ」の山尾氏は"安倍キラー"に

 一方、2009年衆院選で「政権交代」の追い風に乗って初当選した民主党議員は143人。選挙を取り仕切ったのが小沢一郎同党幹事長(当時、現自由党代表)だったため「小沢チルドレン」と呼ばれたが、2012年衆院選で当選したのはわずか11人だった。小沢氏が2009年衆院選で自民党現職追い落としのために「刺客」として送り込んだ女性候補は当選後、「小沢ガールズ」とも呼ばれ、マスコミにももてはやされた。

 ほとんどが2012年には落選して政界を去ったが、東大法学部卒で検事出身の山尾志桜里氏=愛知7区=は2014年衆院選で復活当選し、昨年2月の国会で「保育園落ちた、日本死ね!」の匿名ブログを取り上げて首相を厳しく追及するなど"安倍キラー"として名を挙げ、同3月に民進党政調会長に抜擢されて話題となった。

 こうした歴代の「チルドレン」議員は選挙区に強い組織も持たず、追い風に乗って当選した人物が多く、「テレビ出演などで存在をアピールしたがる傾向が強い」(自民幹部)ことから、それぞれの党内でも「単なる採決要員」として軽視される一方で、「地道な選挙活動や政策の勉強は二の次」(同)だったことが生き残れなかった理由とされる。

「安倍チルドレン」の半分は次の選挙が厳しい

 もちろん、まじめな議員も多く将来の有望株も存在するが、2度目の選挙でも風が吹いてほとんどが生き残った「安倍チルドレン」をみると、「半分くらいは次の選挙が厳しい議員」(自民選対)というのが実態とされる。仲間の相次ぐ不祥事はその厳しさに拍車をかけており、解散説が流れるたびに二階幹事長ら党執行部が「ちゃんと選挙活動していない議員は候補を差し替える」と警告を繰り返す原因ともなっている。

 選挙専門家の多くは、「2大政党実現」を大義名分とした"政治改革フィーバー"で1996年から導入された「小選挙区比例代表並立制」という現在の衆院選挙制度が「チルドレン」発生の原因だと指摘する。1人だけを選ぶ「小選挙区」は「特定の政党に強い風が吹けば、その党に大量の新人議員が生まれる仕組み」(自民選対)だからだ。

 もちろん、投票する有権者にも問題があるが、「女性は美人で男性はイケメン。ついでに若さと高学歴」というなにやら"結婚の条件"のような基準だけで新人候補を選びがちな各政党が、抜本的に意識改革をしない限り、永田町を騒がす「チルドレン狂騒曲」は今後も続くことになる。

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